大判例

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名古屋高等裁判所 昭和32年(う)750号 判決

本件の趣意は弁護人友田粂治同野村均一同大和田安春連署の控訴越意書記載のとおりであるから、これを引用するが、右は、つぎの各理由から原判決の事実誤認を主張するものであつて、その第一の論旨(控訴趣意第二点)の要旨は、本件の仮処分で禁止された行為は、本件建物についての所有権の譲渡並びに質権、抵当権及び賃借権の各設定その他一切の処分であるが、右建物の所有者において転業のために必要な本件程度の店舗の改装をすることは、右仮処分で禁止されている処分に該当せず、何等仮処分に違反するものではないのみならず、本件の仮処分は、土地の所有者が同土地上に存する建物の所有者に対して有する建物収去、土地明渡請求権の実行を保全するためになされたものであるが、右建物について本件程度の改装工事をしても、これによつて少しも右請求権の実行を不能にしたり著しくこれを困難にしたりするものではないから、これをもつて刑法第九十六条にいうところの差押の標示を無効ならしめたものと認定した原判決は、事実の誤認であるというのであり、また、その第二の論旨(控訴趣意第一点)の要旨は、仮に本件の店舗改装がこれによつて執行吏の施した差押の標示を無効にしたとしても、被告人は本件程度の改装は仮処分で禁止された行為ではなく、また仮処分で保全された権利はこのためにその実行が不能もしくは困難となるものでもないと信じていたものであるから、差押標示無効の罪の犯意がなかつたものであるのに、原判決が被告人にその犯意があつたと認定したのは、事実誤認であるというのである。

よつて、まず、右第一の論旨について判断するのに、刑法第九十六条にいわゆる「公務員ノ施シタル差押ノ標示ヲ」損壊以外の「方法ヲ以テ無効」にするとは、公務員が職務上保管すべき物として強制処分によつて自己に取得した物の占有権を他人において侵害し、それによつて、公務員の施した占有取得の標示を有名無実のものにすることを指すものである。従つて、これを仮処分の場合についていえば、執行吏が物の占有を自己に移さないで、その物についての処分禁止の仮処分の執行をした場合において、もし、他人が右禁止に反した行為をしたとしても、それは、少しも執行吏の占有権を侵害するものではないから、差押標示無効の問題の生ずる余地はない。しかしながら、これと反対に、執行吏が仮処分の執行として物の占有を自己に移し、その旨の標示を施した場合において、もし他人が権限なくしてその占有権を侵害する行為をしたとすれば、それによつて直ちに差押標示無効罪が成立するのであつて、この場合、その他人の行為が仮処分によつて禁止された行為であつたかどうか、また、その行為の結果仮処分本来の目的を達することが不能もしくは困難になつたかどうかは、いずれも同罪の成否に消長を来すものではない。

これを本件についてみるのに、原判決に挙示されている証拠によると、本件建物は原審相被告人日比野信夫の所有にかかり、その階下の部分でパチンコ遊戯場を経営していたものであり、その敷地は中部電力株式会社の所有に属するものであるところ、同会社においては、右日比野が会社に無断で右土地上に本件建物を新築して該土地を不法に占拠していることを理由として、日比野に対し右建物を収去して敷地の明渡を求める権利があるとし、その請求権の実行を保全するため、日比野を被申請人として、名古屋地方裁判所に対し本件建物の処分禁止の仮処分命令を申請し、これに対し、同裁判所は、「本件建物に対する被申請人の占有を解き、申請人の委任する執行吏をしてこれを保管せしめる。執行吏は、被申請人に対し、現状を変更しないことを条件として、本件建物の使用を許すことができる。被申請人は、本件建物につき、所有権の譲渡、質権抵当権及び賃借権の各設定その他一切の処分行為をしてはならない。」との仮処分決定をなし、右決定の正本に基き、各古屋地方裁判所執行吏代理中根均平は、本件建物の現場に臨み、同建物に対する日比野の占有を解いてこれを自己の占有保管に移すとともに、本件建物の現状を変更しないことを条件としてその使用を日比野に許し、該建物につき所有権の譲渡等一切の処分行為を禁止したうえ、本件建物の二階の板壁に、公示書を貼り付け、「本件建物の占有は本職に移つたから、何人もこれを処分してはならない。もし、これを処分し、または本公示書を破毀したときは、刑罰に処せられる。」旨の標示をして、前記仮処分決定の執行を了したが、その後日比野の前記パチンコ遊戯店の経営が思わしくなかつたので、被告人は、日比野に勧め、同人をして従来のパチンコ遊戯店を廃して同所でニツカー・スタンド・バーを経営させることとし、ついては、店舗の改装を必要としたので、両名相謀りて右改装を企て、情を知らない大工北折正男を使役して、昭和三十年十月二十五日ころから同年十一月十七日ころまでの間に、本件建物の階下表入口附近に一坪五合位を残し、柱三本位と洞淵七本位を使用し、天井まで下地板を張つた仕切を設け、その南側十三坪位の中央附近に、厚板三枚及び垂木材等を使用して、南北に連なる幅一尺五寸長さ六間五尺位高さ三尺七寸の腰張をしたスタンド用のカウンターを取り付け、同カウンターの内側に水道及びガス管を各敷設するとともに、床張をなし、また右カウンターを取り付けた室の南側に、格子の仕切を設けたうえ、大曳八本位、根太七本位と、床材を使用し、高さ土間より二尺三寸位床上げしたボツクス席用のルーム六坪位を造り、さらに、同建物の屋上に、柱、間柱、合計六本位、張二本位、及び束三本位等を使用して、高さ一丈位奥行二尺五寸位の屋根型の飾付を築上した事実を認定することができる。

ところで、以上の如き店舗の改装が、未だ本件の仮処分で禁止されているところの建物の「処分」に該らないことは、所論のとおりであるし、また、本件建物についてかかる程度の改装工事をしたからといつて、それがために本件建物の同一性を害したり、その他該建物の収去並びにその敷地明渡の請求権の実行が不能または困難となつて、右請求権の実行を保全するためになされた本件仮処分をして無意義なものになすおそれなどの少しもないものであることも、また所論のとおりであるけれども、右の如く店舗の改装をすることによつて本件建物自体の現状に変更を生ぜしめたことは疑の余地のないところであるし、前記の如く、本件建物は仮処分の結果、これに対する所有者日比野の占有が解かれて執行吏の占有保管に移され、かくしてここに刑法第九十六条所定の差押がなされ、以来、日比野は、ただ現状を変更しないことを条件として執行吏からその使用を許されていたのに過ぎなかつたのであるから、同人が本件建物の現状を変更する程度に店舗の改装を実施したことは、許可の範囲を逸脱して本件建物を使用したものというべく、これについて改めて執行吏の許可を受けた事実の認められない本件においては、そのことは、とりもなおさず、権限なくして執行吏の占有する本件建物を無断で使用したものに他ならず、それによつて執行吏の占有権を侵害したものであることは明らかであるとともに、執行吏の右占有(差押)については、それを公示する標示の施されていたことは前記のとおりであるから、以上の日比野の所為は、これによつて右差押の標示を有名無実のものと化してこれを無効にしたものというの他はない。ところで、被告人は、日比野とともに右店舗の改装を実施したのであるから、同人との共同行為によつて本件差押の標示を無効にしたものというべきことは論をまたないところであるので、この点の論旨は理由がない。

ついで第二の論旨について判断するのに、本件の如く、仮処分の執行によつて仮処分物件が執行吏の占有に移され、そのことによつて刑法第九十六条所定の差押があつた場合における差押標示無効の罪の構成要件は、前記第一の論旨の判断に際して一言したとおり、ある物件が仮処分によつて執行吏の占有に移つたこと(差押のあつたこと)、そのことを公示する標示の存在すること、執行吏の占有を侵害する行為のあること、及び該行為によつて執行吏の施した差押の標示が無効となることであるから、同罪に必要な犯意とは、とりもなおさず右構成要件に該当する事実を認識することであつて、かつ、それをもつて足り、それ以外に、行為が仮処分で禁止された行為であること、または、行為の結果仮処分によつて保全される権利の実行が不能もしくは困難となることなど、構成要件外の事実についての認識はこれを必要とするものではない。ところで、原判決挙示の証拠並びに当審で取り調べた証拠を総合すると、被告人は、本件店舗の改装に着手する前、右店舗を含む本件建物全体が仮処分の執行によつて執行吏の占有に移り、その旨の標示が執行吏によつてなされていること、本件建物の所有者日比野文夫が右仮処分以来、建物の現状を変更しないことを条件として執行吏からその使用を許されているにすぎない者であることなどをそれぞれ十分に知つていたものと認めるに難くはなく、しかも、被告人は、その数多い職業のうち、建築業をも経営し、本件の店舗改装も、同人の発意にかかるとともに、その改装の実施にあたつては、自らその設計図を調製してこれを使役の大工に交付し、また、しばしば工事現場を見廻つてその都度所要の指図を与えていたことも認められるのであつて、以上認定の各事情に徴すれば、被告人は、本件店舗改装の設計者として、該工事の結果が建物自体の現状に変更を来すものであることを工事前から十分に了知していたものであるとともに、その現実に変更されて行つた過程についても、つぶさにこれを現認していたものであり、しかも、かように本件建物の現状を変更することは、日比野が執行吏から許可されていた本件建物の使用の条件に反するものであつて、許可なしにこれをすることが、日比野にとつて無断で執行吏の占有建物を使用することになり、これによつて執行吏の占有権を侵害し、ひいては、同人の施した差押の標示を無効にするものであることを諒知していたものと推認するのが相当であるので、日比野と本件を共同にした被告人において、差押標示無効罪の犯意に欠けるところはなく、この点の論旨もまた理由がない。もつとも、本論旨中には、転業の必要から本件程度に店舗の改装をなすことは、使用を許された日比野の当然になし得ることであると思つてこれに協力したものであつて、被告人としては、それが違法であることの認識はなく、犯意がなかつたものであるとの趣旨の主張をも含んでいるようであるので、一言するのに、右は、法律の不知(形式的違法性についての錯誤)を主張するものであるのか、それとも、犯意の成立には、構成要件に該当する事実を認識する外、行為の実質的違法性の認識をも必要とする見解に立つての主張であるのか、必ずしも明らかではないが、もし前者であるとすれば、かかる事情は、情状によつて刑を減軽する事由となり得ても、犯意の成立を阻却するものでないこと、刑法に明文の存することによつて疑のないところであるし、また、もし、後者であるとすれば、学者のうちにかような説をなすものもあるが、当裁判所の採らない見解であるから、本主張も理由がない。

(裁判長判事 滝川重郎 判事 伊藤淳吉 判事 木村直行)

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